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2019年1月

2019年1月26日 (土)

便通から屁理屈 ~道理は無視~ 

下っ腹をへこますらしい、姿勢を取り始めてから数日。

なにやら、便通が毎日ある。
けっこう、ドッサリ…

とくに便秘でもない、と思っていたのに。
なぜ、こんなに出るのか!と。
なんとなく、憤慨。

そうだ、怒ってるんだ。
なぜ、出ているのに、腹がへこまないんだ?と。
何かがおかしい。
そう思うものの、思い当たることは無い。
あるとすれば。
便が、自分の予想以上にたまっているんじゃないか?ってこと。

そこはかとなく、一大事な予感。
高校生の時から、ずっと。
体型も体重も、それほど変わらないんだけども。
筋肉が減り、下っ腹に脂肪がタプタプと。

ちょっと待て。
体重が変わらないのに、脂肪が・・・ってことは。
もしかして。
変わらない重さの分、便も・・・ずっと、同じだけあったってことか?

何年になるのかな、と。
ちょっくらチョイと、計算してみた。
高校1年の頃といえば、13才だから・・・

うおお~!!
なんてことだ。
人生の半分以上、この身体には大量の~・・・

・・・。
ううう・・・。
も、いい。
考えるの、やめた。
こころ、折れる。

いやぁ、でもねぇ。
便が長いこと溜まっていたら。
身体中に、よからぬ毒ってやつがまわっていそうだ。

そうか。
そういうことか。
やっと合点が行ったわ。
自分がバカなのは、身体にまわった毒のせい・・・

うん、そうだ。
たぶん、毒のせい。
そういうことにしておこう。
道理は無視だ!


2019年1月19日 (土)

腹をへこます姿勢をしようとして腰に激痛が

ここ数年。

ずっと、下っ腹がポコン!と出たっぱなしで。
気になっていたんで。

犬がいるってこともあり。
朝と夕に、各60分ほどの散歩をしているんだが。
ま、犬のニオイ嗅ぎなどに付き合いながらなので。
軍隊よろしく、ザッ!ザッ!!てな感じではなく。
ゆ~ったり、マッタ~リ、歩いているけど。

とにかく。
筋肉を動かし、歩いているというのに。
どういうワケか、ちっとも下っ腹への影響が感じられず。
いいかげん、む~~~んとしていた。

そんな時に、古本屋で眼にした本には。
下っ腹をへこます姿勢なるものが載っていたので、思わず立ち読みを。

読みながら。
必死こいて、踵どうしをピタッとつけて立ち。
すでに、これだけで腰が痛く、苦行だったが。
さらに。
踵を付けたまま、足先を90度に開いたら。
すんごい、激痛が腰に。

うぉぉぉぉぉ~~~!
なんじゃぁ~、こりゃ~!!

ってな心の叫びが、つい口から出てしまった。
小声で、つぶやいた感じだったハズだけど。

で。
本を見ると、さらに。
踵をつけ、足を90度に開いたまま踵を上げよ!とのこと。

なぁ~ぬぅ~~~?!
ムリ!ムリ!無ぅ~理ぃ~~~!!
そんなことしたら、よろめいた挙句に。
すっ倒れちまうよぉっ!!

ふと立ち寄った、古本屋で。
まわりに立ち読みしている人が、けっこういるというのに。
そんな、無様なところを見せるわけにはいかぬっ!!
断じて、ならぬっ!!

てなわけで。
即刻、その本を棚に戻し。
とっとと退散。

あんなの、スッと・・・出来るのはなぁ~
クラシックバレエとか、新体操とか。
そういうことをやってる人だけ、なんじゃないの?と思ったね。
まったくもう。
とんでもねぇ~、本だったぜ。

と、思って。
犬友達に「このポーズ、出来る?」って聞いてみたら。
ふつうに。
スッと、出来たっていう。

もしかして。
自分の身体が硬いだけ、なのか?

なんだか、悔しい。
なので。
ただいま、ヒマを見つけては・・・
踵をつけたまま、足を90度に開くポーズの練習中。
回数を重ねたら、最初よりは腰の痛みが軽くなった。

いつになったら、踵を上げられるようになるかは知らない。
いまは、ただひたすら練習あるのみ!



2019年1月15日 (火)

なぜダメなのか、解らない

自治体の行事の会場でのこと。

たまたま、何をしたらいいのか?と指示を仰いだら。
筆記通訳をしているという人だっただけなんだけど。

現在、要約筆記通訳のサークルに参加していて。
当事者(難聴・中途失聴・ろう者)が主催する手話サークルに、筆記通訳として交わっている、ってことだったんだけど。

で。
会場で何をしたらいいのかを聞きたかっただけなのに。
あまり個人的に(筆記)通訳できないんだ、とのことで。
少しだけ、書いてくれたんだけども。
その後は、クチと手話(自己紹介しか出来ないって、、、)で立ち話を。

まぁ、立ち話は。
こちらから、テキトウに喋って。
答えを予測しつつ、テキトウに話していたんで良いんだけど。
(相手の話の内容が解らないのは、いつものことだから)

その、話の中で気になることを言っていた。
「あまり個人的に通訳しちゃダメなんだ・・・」と。

は?どういうこと?
そう思って、なぜ?と聞いてみたら。
個人的に(通訳者が)筆記などで通訳をすると。
市への通訳依頼が少なくなるから、だって。

はぁ?
なんか、言ってることが解らん。
面と向かって、通訳者だっていう人と話をしているわけで。
他の人との話を文字にしてくれ、って言ってるんじゃなくて。
アナタ本人と話しているんだけど?

それに・・・
自治体の役員や班長、住人が集まって。
地域の行事の時に、偶然、通訳者を必要とする者と会ったんだよ。
前もって、通訳をお願いしてあったわけじゃないんだよ。

なのに、なんで。
ダメ、って言われなきゃならないのさぁ~?
なんか、おかしいんじゃないの。

話していること全てを書いてくれって言うんでもなく。
箇条書きでも、単語だけでもいいから。
書いてくれ、って言っただけなのに。
(簡単でも、書いてもらえれば、わからないトコロだけを聞き直せるから)

長い、喋っている通りの文章なんゾ、望んじゃいない。
そういう文章だと、意味が掴めないことが多いから。

実際に、耳が聞こえない人たちと交流しているヒトなのに。
なんだか、通訳の意味を間違えている気がする。

それとも。
要約筆記通訳者は、自分の言葉であっても。
目の前にいる、耳が聞こえない者に対して。
文字で会話しちゃいけないのかな。

だったら。
通りすがりの人を捕まえたほうが文字にして貰えると思う。

なんか知らないけど。
ずっと、クチで喋ってた。
アタシの聴力は両耳とも120dB以上だ、って言ってんのに。

(近くを通る救急車とかジェット機が飛んでいるっていうのは。
飲みかけのペットボトル水で手を通じてわかるけど。
どこからかは解らないし、一瞬だよ。
耳の奥で圧を感じたりするけど音は知らない、解らない。
こんなだから。
人の話している内容を知る、理解する、なんてムリ)

この通訳の人は。
dBの意味、わかってないと思う。
たぶん。

アタシはカオで笑って心ん中じゃ怒ってた。

怒ってること、伝えたほうが良かったんだろうか。



2019年1月 8日 (火)

ブログサークル

かなり前から気になっていた、ブログサークル。

ブログを書いていなくても参加できるようで。
ならば、と。
ブログの登録をせずに・・・
思い切って、登録してみた。

でも。
ブログ、3か所で書いてるんで。
ここ以外のを登録してみた。

だけど。
使い方がよくわからないんだよなぁ~
困ったもんだ。
なんてことを思っていたら。
アタシをフォローしてくれた人がいたようで。
アッチコッチ、見てみたら。
なんとなく。
サークルへの書き込みが止まっているのがあり。
チョイと淋しい。

う~~~ん、、、てな感じなんだけども。

いままで読んだことのないブログ。
それが、たくさん登録されているので。
しばらく留まってみようかと思う。



2019年1月 3日 (木)

急逝した犬 ~可愛がっていたのに怖いなんて~

年末。

12月30日の朝。

起きて、わんズの散歩に行こうとしたら。
1頭がクレートの中で、なんとなく体温が低い?
そう思ったのだが。
ほんの少し、温かみが残っていたが。
冷たくなっているのを発見。
すでに、硬直が始まっていた。

急逝した!と理解した途端に。
アタマの中が「なんで?どうして?」でイッパイに。
同時に。
涙があふれ、動悸がした。
なんだか、貧血気味な感じでフラッとしたし。
胃のあたりが気持ち悪い感じも。

その不快感は、すぐにおさまったが。
遺体のカオを見ると、頑張った顔をしていて。
可愛がっていたのに、怖いと思ってしまった。

そういえば。
幼稚園児の頃からいままでに、11人ほど、見送ってきたけど。
慣れるということは無く。
布団に寝かされている時は何でもないのに。
お棺に寝かされると、途端に。
怖いと思って、顔を直視できなくなるどころか。
近くに行くのも怖くて出来ないということが起きていた。

親しかった人やワンコなのに。
大好きだったのに、なんで怖いのかな。
これって、自分だけ?
自分がオカシイの?

そう思って。
「亡くなった人 怖い」で検索してみたら。
《Forbes》の、「なぜ、他人は死体を怖いと感じるのか」
・・・というページを発見・・・

そこには。
”目の前の他人の死体に『自分の死』への恐怖が見え隠れするから”
だということが書かれていて。
医師や警察官、禅僧でさえも、死体を見るのは怖いし緊張するのだそうで。

だとしたら。
自分の、この、遺体を怖いと思うのは。
アタリマエのことなのだな、と。

・・・怖いけども、なんだか安心した・・・
自分は異常じゃないんだ、と。


ずっと、怖いと思うっていうのは。
なにか、うしろめたいことがあると無意識に感じていたからなんじゃないかとか。
もし、あの時に~していたら・・・
そんな、後悔の気持ちがあるからなんじゃないかとか。
そんなことを考えていたので。


ん?
じゃぁ、司法解剖する人は、どうなんだろ?
怖くないのかな。
・・・新たな疑問がムクムクと・・・^^;




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