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2019年7月 9日 (火)

何も書けなかったメッセージ

ブロ友の、ブロ友さんが1ヵ月、意識が無く。

呼吸も心臓も、自発的に動かない・・・と。

機械が止まったら終わり、だと。


以前にも、生死をさまよった人だけど持ち直したのだそうで。

だから、応援したい人みんなで。

ブロ友のところに「名刺サイズの紙にメッセージを書いて送って・・・」

そして。

メッセージを集めて「寄せ書きみたいにして、頑張っているブロ友(家族)に送る」


そう言っていたんだけども。

アタシは、書いて送りたいのは、やまやまだけど。

どうしても、なにも書けなかった。


末期がんの人が、1ヵ月、意識が無く。

呼吸も、心臓も、機械が無ければ動かない・・・

それが何を意味するか。

知っている。

(寄せ書きをまとめて家族に送る前に亡くなった

末期がんの父が亡くなる時、同じような状態だったので。



それでも。

別れの心の準備ができれば、まだいい。

母の時は、緊急入院からわずか2週間で。

あれよあれよという間に、亡くなってしまって。

心の準備をしているヒマなど、無かった。


父の時も、母の時も。

急変した時、病室にいて。

看取ることが出来たんだけども。

どちらの時も、目の前が真っ白になりメマイがした。

落ち着いたのは、四十九日を過ぎた頃で。

どっと疲れが出て、食欲や意欲がなくなり。

ボ~ッとしていたのを覚えている。


落ち着くまでは、どんな慰めも心に届かなかったような気がする。

慰められれば慰められるほど、怒りに変わるという、妙な状態になった心。

いま考えると、八つ当たりだったのかも。

置いていかれた!という怒りだったのかもしれない。


だから。

慰めは書けなかった。

大切な人が亡くなった時は、怒りを感じるのではなく。

哀しむ時だ、と思うので。


亡くなった人の顔を見て、別れの準備をしなくては。

見納めの時のために。

 

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